自律神経失調症の治し方⑤ 再び悪化

私自身の自律神経失調症の闘病記「自律神経失調症の治し方」の第5回。
前回は退社後の生活について書きました。
今回は会社を退社後の療養生活とパーソナルトレーナーの専門学校時代のことです。
会社を退社し、療養していれば良くなるだとうと思っていたら、何故か悪化。。。

今までの経緯は宜しければこちらをご覧下さい。

「自律神経失調症の治し方」③~④は下部にリンクを貼りますので、合わせてご覧下さい。

パーソナルトレーナーの養成講座がはじまった

パーソナルトレーナーの養成講座は10月からはじまりました。

6月末に最終出社日を終えてから3ヶ月、体調は随分と回復していました。
相変わらず起床時間は遅かった(お昼頃)ものの、午後はジムに行って身体を動かしたり、
ちょっとした外出もできるようになってきました。
その頃は身体のだるさがあったものの、めまいも落ち着いていました。
このペースで行けば年が明ける頃には自律神経失調症の症状はなくなっているだろうと思っていました。

私が通っていたパーソナルトレーナーの養成講座は週末2日間通う講座でした。
体調のことを考慮しても2日間だけであれば大丈夫だろうと思われました。

パーソナルトレーナーの養成講座は講義と実技が半々くらいでした。
それまで私はフィットネスクラブに通って身体を動かしてはいたものの、
身体に関する知識はゼロに等しい状態。
パーソナルトレーナーになるための勉強は私が大の苦手な理数系の分野だったのです。
どれくらい苦手かって。。。
もぅ、言葉にできないほど理数系が苦手です。
出来なさ過ぎて伝説が残っているほど、私の理数系分野の脳は働かない。
ただ人事の仕事で必要な人件費の計算とか、そういうのはどういうわけだかすらすらできていました。
それ以外はからきしダメです。
ですので、講義は拷問でした。
・・・りっ、理解できない。。。
覚えなければならないことは膨大な量です。
205個の骨の名前、600近くある筋肉の名前、その機能などなど。
全てでないにしても、かなりのボリュームで宿題も山のように出ました。
苦手とか言っている暇はありません。

学生時代からスポーツに親しんでいたりすれば、もう少し違ったのかもしれませんが、
身体に関する知識がなかった私の場合、全く未知の世界です。
毎日、勉強しなければ、到底追い付けない。
同期と電話でやり取りしながら、教え合って、なんとかついていっていました。

私が取得したのはNESTA(全米フィットネスエクササイズ&スポーツトレーナー協会)の資格です。
NESTAの試験は合格ラインが決まっていて、そこに1点でも足りないと不合格とされます。
当時、私がいたクラスでは、いつの間にか
1回で合格
と言う空気になっていたのです。

NESTAの試験自体は年に何回か実施されますし、受験の制限はありませんので、
合格するまで何回でも受けられますが、私に再試験と言う選択は消えていました。

3月下旬に実施される試験に一回で合格する

11月に入ると、起きている時間のほとんどを勉強に費やすようになっていました。
調べる、覚える、考える
物理とか科学とか、なかなか頭に入ってこない私は、人一倍、勉強する必要がありました。

試験まで後3ヶ月、と追い込んでいた12月のある日、再びめまいの症状がはじまりました。
しばらくなかったので、めまいがしたときは
「まさか」
と思いました。
そのめまいを皮切りに再び自律神経失調症の症状が現れ、しかもバージョンアップしている?
めまい、倦怠感、動悸、そして微熱
なんでかわかりませんが微熱が続いたのです。
その微熱がますますだるい。
試験まで後3ヶ月、だるいとか言ってられないんですけど。。。

遂にドクターストップ

セカンドオピニオンの心療内科には2週間に一度のペースで通院していました。
12月に入ってから症状が再び出ていること、そして謎の微熱が続いていることを主治医に伝え薬を変えました。
ただ残念ながら、その薬が合わず副作用にも悩まされるようになっていたのです。
私はあまり頭痛はしない体質ですが、その薬を飲むと頭がガンガンしていました。

心療内科で処方される薬は様々ですが、なかなか自分に合う薬を見つけるのは大変でした。
出来れば副作用はなくしたい、常用性が高くないもの、となると限られてきます。
即効性があるものは作用が強くて副作用が心配ですし。

そこは主治医と何度も相談をして、どのようなメリット・デメリット(副作用)があるのか、
その上でどの程度のデメリットなら受け入れられるか(妥協)を話し合って薬を決めていました。
専門でないので私個人の印象ですが、心療内科で処方される薬は多かれ少なかれ副作用があるように感じていました。
どの副作用も避けたいですが、めまいの症状を抑えるために、
私は副作用で眠気、だるさが出る可能性がある薬を選択していました。
どのみち慢性的にだるかったので、多少、それが強くなっても耐えられると思ったのです。

薬は体質に合う、合わないが、その作用にも大きく影響しますので、
主治医とよく話し合って決めることをお勧めします。
12月後半、薬を変えて副作用は軽くなったものの症状が緩和されるどころか、増していました。

ついに主治医から
「3月の受験はやめましょう」
と提案されました。
主治医にはNESTAの試験の受験の機会は年に何回かあることを話していたので、
このタイミングでは難しいとの判断だったようです。

その時、主治医は
「今はとにかく何も考えない、何もしない。身体が治るまで何もしない。
完全に落ち着いてからチャレンジしましょう。」
と。
当時、深夜まで勉強をしていたこと、受験のプレッシャーが症状を悪化させたと考えたようです。
頭では主治医の言いたいことがわかっていたものの、ここまで来たならやり通したい、
と言う想いが強く、そのアドヴァイスは保留に、
再び受験勉強に打ち込みました。
体調の不安はありましたが、理数系が苦手な私をサポートしてくれていた
同期の仲間の気持ちにも応えたいと思っていました。

その状態で何とか3ヶ月、
試験当日、熱で頭がぼうっとし、目がかすんでホワイトボードの文字が見えない状態のまま試験を受けました。
この頃はさすがに無理かも、と弱気になることもありましたが、倒れてもやるつもりで試験に臨みました。

試験から認定の有無の通知が来るまでの1ヶ月は、また寝るだけの生活に戻りました。
一ヶ月後、認定通知が届いた時は本当に嬉しく、一緒に頑張った同期の仲間と共に喜びました。

ちなみに私が養成講座に入学した10月~半年後、受験まで残っていたのはクラスの半分以下でした。
社会人になって何かを学ぶこと、それを続けること、仕事に繋げることの難しさ、厳しさも同時に感じました。

次回はその後の療養生活について書きます。
宜しければご覧下さい。

「自律神経失調症の治し方」③~④

Copyright © 2018 Minako Asami.

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